清水
雅則
慶應義塾大学 商学部 卒業
ちはら台在住。慶應義塾大学を卒業後、食品メーカー営業を経て2019年に開校。8年間、生徒一人ひとりと真剣に向き合い続けています。
自分の目の前にいる方たちの── 清水 雅則
人生の助けになれるような仕事がしたい。
大学卒業後、食品メーカーの営業として働いていた頃の私は、「成果を出すこと」だけを考えていました。しかし6年間の激務の末にうつ病を発症。長い闘病期間の中で、改めて「自分は何のために働くのか」と問い直す日々が続きました。
成長できると信じる気持ちを養うこと。
転機となったのは、奄美大島での50日間の滞在です。自然の中で暮らし、地域の人たちの温かさに触れるうちに、価値観が大きく変わりました。「自分の目の前にいる方たちの人生の助けになれるような仕事がしたい」という想いが、はっきりと芽生えたのです。
その想いから教育の道を選び、2019年にシロヤギ塾を開校しました。自身のうつ病経験があるからこそ、不登校のお子様の気持ちに寄り添えます。「焦らず見守り続ける」を第一に、学業だけでなく心の面でもサポートしています。
8年間、一人ひとりの生徒と真剣に向き合い続けてきました。これからも変わらず、お子様の「わかった!」の笑顔のために全力を尽くします。
講師のエピソード
シロヤギ塾で実際にあった、小さいけれど大切なストーリー。
「先生、僕もう塾行きたくない」から始まった1年間
入塾時、他の塾で「授業についていけない」と言われ、自信を完全に失っていた中学2年生のA君。最初の数ヶ月は、勉強よりも会話を大切にしました。好きなゲームの話、部活の話、将来の夢。信頼関係を少しずつ築き、勉強への「怖さ」を取り除くことから始めました。 半年後、A君は自分から「次のテストで80点取りたい」と目標を口にするようになりました。結果は78点。でも、その時の彼の笑顔は100点でした。
不登校の生徒が「学校に行ってみようかな」と言った日
中学1年から不登校になったBさん。お母さまに連れられて、最初は緊張した面持ちで教室に来ました。シロヤギ塾では、まず「来てくれたこと自体がすごい」と伝えます。自身もうつ病の経験があるからこそ、「焦らない」「無理をさせない」を徹底しました。 週1回の授業を続けていくうちに、Bさんは少しずつ表情が柔らかくなり、ある日「先生、来週学校行ってみようかな」と言いました。その一言が出るまでに8ヶ月かかりましたが、それでいいのだと思っています。
サイコロを一緒に作って確率を理解した日
「確率がどうしてもわからない」というCさんに、教科書の解説をもう一度読ませるのではなく、一緒にサイコロを作ることにしました。厚紙を切って、組み立てて、実際に何十回も振ってみる。「6分の1って、こういうことか!」── 体験から生まれた「わかった!」は、問題集100ページ分の価値がありました。 完全1対1だからこそできる、その場の発想で生まれる授業。これがシロヤギ塾の指導です。
教室の風景
保護者・生徒の声
清水先生について、保護者・生徒の方からいただいた声。
清水先生の授業を
まずは体験してみませんか。
お子様との相性は、実際に会って話すのが一番です。
※ 無理な勧誘は一切いたしません